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名古屋地方裁判所 昭和57年(ワ)3257号 判決

原告

西山健一こと

趙顕世

原告

荒川鈴代

右原告ら訴訟代理人弁護士

湯木邦男

田中清隆

纐纈和義

鈴木健治

西尾幸彦

堀井敏彦

前田義博

村越健

山田弘

山田幸彦

被告

片桐文雄

右訴訟代理人弁護士

川島和男

主文

一  被告は原告西山健一こと趙顕世に対し金一〇〇万円、原告荒川鈴代に対し金八〇万円及び右各金員に対する昭和五七年一〇月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は各原告に対し、各金三〇〇万円及びこれらに対する昭和五七年一〇月二六日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの各請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告西山健一こと趙顕世(以下原告西山という。)は個人で遊技場を経営していたが、昭和五七年四月一九日名古屋地方裁判所に於て破産宣告を受けた。

右破産宣告後、原告西山は株式会社沢田フーズに販売員として勤務していた。

(二) 被告は暴力団導友会系北沢組の組長である訴外北沢和夫こと鄭泰漢(以下北沢という。)の輩下であり、ローンズ「すみとも」の屋号で金融業を経営していた。

(三) 原告西山は、昭和五五年春ころから、遊技場経営資金に充てるためローンズ「すみとも」から金員を借り受けるようになり昭和五七年三月ころの借受金残高は合計約金一、四〇〇万円にのぼつていた。

(四) 北沢はもとローンズ「すみとも」の経営者であり、被告が原告西山に金員の貸付けを行うための資金の一部を被告に融資していた。

2  被告の違法行為

北沢と被告は共謀して、原告西山から貸金を回収しようと企て、次のような違法行為を行つた。

(一) 昭和五七年八月一一日午前一〇時三〇分ころ、ローンズ「すみとも」の従業員訴外寺村某が原告ら方へ来て原告西山に対し、車に乗れ、と要求した。原告西山はローンズ「すみとも」の事務所に居る被告にその場で架電して理由を尋ねたところ、被告は「すぐ来い。すぐ来んとそちらへ押しかけるぞ。」と強く要求したため、原告西山はやむを得ず寺村の車でローンズ「すみとも」の事務所へ赴いた。

(二) ローンズ「すみとも」事務所へ着くと、被告、寺村らは、原告西山を事務所の奥にある一〇畳ほどの部屋へ連れ込んで同原告に対し、借入金の返済を強く求めた。原告西山は、破産宣告を受けたことなどを説明して、「家へ帰してほしい。」と懇請したが、被告は、「話がつくまでは帰らせん。」などと言つてそのまま同原告を奥の部屋に軟禁の状態にした。

(三) 同日午後六時三〇分ころ、被告と寺村はローンズ「すみとも」を閉店して、原告西山を名古屋市北区大曽根上二丁目九七番地檜ビル三階北沢組事務所に連行した。ここにおいて被告らは、「借りた金を返せ。自分で払えなければ兄貴に電話を入れて金を貰つて来い。」と強く要求し、「言うことを聞かなんだら、坪一〇〇〇円のところへ連れて行つてやろか。坪一〇〇〇円のところと言えば判るだろう。それともこれから師崎へ連れて行つて舟に乗せたろか。」「ビワの木で頭を殴るとそこは一生治らず、だんだん腐つていくんだぞ。」「俺んとこは破産をかけても通らんぞ。必ず取立てる。」などと脅迫した。同夜は原告西山は同組事務所に軟禁状態で宿泊させられた。

(四) 翌八月一二日午前九時三〇分ころ、原告西山は再びローンズ「すみとも」事務所へ連れて行かれ、同日午後六時三〇分ころまで前日同様軟禁状態のまま脅迫され、ローンズ「すみとも」の閉店後にまた北沢組事務所へと連れて行かれて軟禁が続いた。同日午後九時ころ、原告西山の安全を危惧した同原告の妻である原告荒川鈴代(以下原告荒川という。)の連絡を受けた北警察署の係官が二回位北沢組事務所の被告に電話で警告したが、被告は、原告西山を解放せず、同原告を北沢組事務所から同原告の兄訴外西山秋義方に連行した。被告は同訴外人に対し、原告西山に代わつて弁済するよう要求したが、同訴外人がこれを拒否したところ、被告は、「じや帰す訳にはいかん。俺は西山をどこへ連れていくかわからん。」などと言つて、原告西山を車に乗せ、翌一三日朝まで市内各所を連れ廻つた。

(五) 同日午前九時三〇分ころ、被告は原告西山をまたローンズ「すみとも」事務所に連れて行つた。同所において北沢が同原告に対し、「清水という債権者を知つているか。債権者のところをピンポン玉にしたろうか。」と述べて同原告を脅迫した。即ち、北沢は取立の厳しい清水という別の暴力団員などあちこちの債権者のもとへ同原告を連れてまわると述べて、原告西山を脅迫した。

(六) 同日午後三時ころ、捜索願が出されたことを知つた被告及び寺村が原告西山を自宅に送り届けたが、同原告が「ここは荒川鈴代が借りているところですが。」と言つて被告と寺村の立入りを制止しようとしても、被告らはこれを全く無視して原告ら方へ入り込んだ。そしてここでも、同被告らは、「金を返せ。兄貴に電話して頼め。」と要求し、被告は、「人を殺すのも訳はない。車で殺せば事故扱いで刑も軽い。三年位で出てこれる。」などと言つて原告西山を脅迫した。この日の夕方六時三〇分ころには、ローンズ「すみとも」従業員である松田某も原告ら方に来て右脅迫に加わつた。

(七) 同日午後一一時三〇分ころ、帰宅した原告荒川が被告らに対し、「とにかくお引き取り下さい。」と数回に亘つて退去を要求した。しかし被告は、「逃げるといかんで見張る。金を払えば出て行く。俺に出て行けというなら西山も廊下に立たせる。警察も弁護士も怖くない。」などとわめきながら、勝手に原告ら方奥の仏間に横たわつてゴロ寝してしまつた。同夜は寺村、松田は帰つて行つた。

(八) 被告は、このようにして同月一六日午後四時ころまで原告ら方に居座り続け、その間しきりにローンズ「すみとも」事務所や北沢と電話連絡をとつていた。

(九) 同月一六日午後四時ころからは、被告片桐に代つて前記松田、寺村、更に鈴木某が交互に被告と同様に原告ら方に泊り続け、この状態は同月二一日午後六時ころ、東警察署係官の警告によつて、寺村らが通路に退去するまで継続した。

(一〇) 同月二一日午後六時以降、被告らは、原告ら方入口付近のマンション共用部分の通路に簡易ソファを持ち込み、交互に交替で連日泊り込むようになつた。この間、マンションの所有者である訴外太陽産業株式会社の通報により再三東警察署係官が指導警告に訪れたが、被告の指示を受けた寺村、松田らは、その都度退去するふりをしつつ、また戻つて来ては張り込みを続けた。この状態は、東警察署係官から強い警告を受けた同月末日まで続いた。

(一一) 右の張り込み期間中の同月二五日午前中、原告両名が外出した際、被告らは原告らを尾行し、同日午後四時ころ原告らが帰宅してマンション前の路上でタクシーを降りるや、被告と松田が原告らに対し次のような暴行をした。

即ち、被告は、原告西山を車で連行しようとして、同原告が着用していたズボンのベルトをつかんで同原告を力まかせに十数回振りまわし、同原告が近くの鉄杭にしがみついているのを、なおも引張り続けた。また松田は、被告から「西山を車に乗せろ。」と指示されたのを受けて、原告西山を車に乗せようとしたところ、これを制止しようとしてかけ寄つた原告荒川の背後から同原告を羽がい締めにして押えつけた。この時、付近の派出所の警察官が来て被告らを制止したため、原告らは自宅に帰ることができた。

(一二) 八月末日マンション廊下から退去した後、被告らは、今度はキャンピングカー、乗用車等を、原告ら方マンション付近の、原告らの動静を見通せる位置の路上に常時駐車させて、交替で泊り込み、終日原告らの見張りを継続した。

(一三) その後も被告らは、同年一〇月に仮処分決定が送達されるまで、連日路上での張り込みを継続した。

3  原告らの損害

これら一連の違法行為により、原告らの身体の自由、住居の平穏が著しく侵害された。

又、原告西山は持病の肝臓病が悪化し、原告らは入浴もできなかつたためあせもに悩まされるなど健康上の被害も生じた。

更に、原告ら自身恐怖、心労など精神的苦痛を蒙つたうえ、長男や長女に恐怖を味わわせるという苦痛も加わつた。

原告らが蒙つたこれらの精神的損害の慰藉料は、原告一名について各金三〇〇万円が相当である。

4  よつて原告らは、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償金として各三〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五七年一〇月二六日から支払済みに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項(当事者)について

同項(一)中、原告西山が株式会社沢田フーズに勤務していたことは不知、その余は認める。

同項(二)ないし(四)の事実は認める。

2  請求原因第2項(違法行為)について

北沢と被告が共謀したとの点は否認する。

同項(一)の事実中、言葉の表現が命令的なものである点は否認し、その余の事実は認める。

同項(二)の事実中、被告がローンズ「すみとも」店内において原告西山に対する貸付金について同原告とその返済方法について協議したことは認めるが、返済を強く求めたこと及び同原告を軟禁状態にしたことは否認する。

同項(三)の事実中、被告が原告西山と北沢組事務所に行き、同原告に対する貸金の返済方法について話し合つたことは認めるが、その余は否認する。

同項(四)の事実中、被告が警察官の指導を受けたこと、原告西山の兄西山秋義方に行つたこと、ローンズ「すみとも」店内や北沢組事務所で前同様の話合をしたことは認めるが、その余は否認する。被告は同原告と共に外へ食事に行つたり、スナックに行つて一緒にカラオケで歌つたりしており、軟禁状態にしたことはない。

同項(五)の事実中、北沢がローンズ「すみとも」店舗へ行つたとき、原告西山に偶然出会つたことは認めるが、その余は否認する。

同項(六)の事実中、被告が原告ら方で話し合つたことを認め、その余は否認する。

同項(七)の事実はほぼ認める。

同項(八)の事実中、被告がしきりに電話連絡をとつていたとの点を否認し、その余の事実は認める。

同項(九)の事実は認める。

同項(一〇)の事実中、東警察署係官から強い警告を受けたとの事実は否認し、その余は認める。

同項(一一)の事実中、各暴行の事実及び警察官が制止したとの事実はいずれも否認し、その余は認める。

同項(一二)の事実は認める。

同項(一三)の事実は認める。

3  請求原因第3項(原告らの損害)について

すべて否認する。

三  被告の抗弁

被告は原告西山に対し多額の債権を有していたものであり、同原告との間でその返済方法につき、協議、話合いをしていたもので、被告の一連の行為は権利行使のための正当行為として違法性が阻却される。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因第1項記載の事実中、原告西山が個人で遊技場を経営していたところ、昭和五七年四月一九日破産宣告を受けたこと、北沢は暴力団導友会系北沢組の組長であり、被告はその輩下で、ローンズ「すみとも」の屋号で金融業を営んでいたこと、原告西山は昭和五五年春ころから遊技場の経営資金に充てるためローンズ「すみとも」から金員を借り受け、昭和五七年三月ころの債務は約金一四〇〇万円であつたこと、被告の原告西山に対する貸付の資金を、北沢が被告に融資したことは当事者間に争いがない。原告西山本人尋問の結果によれば、原告西山は昭和五七年七月ころから株式会社沢田フーズにおいて販売員として勤務していることが認められる。

二次に、請求原因第2項記載の事実について検討する。

1  〈証拠〉を総合すれば、以下(一)ないし(六)の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(一)(1)  原告西山は破産宣告を受けたのち、妻である原告荒川と長男(当時高校一年生)、次男(中学二年生)、長女(小学校四年生)と共に肩書地のマンションに居住していたものであるが、昭和五七年八月一一日(以下の日付のいずれも昭和五七年)午前一〇時三〇分ころ自宅を出たところ、被告に命じられて張り込みをしていたローンズ「すみとも」の従業員寺村某に一階エレベーター付近で呼びとめられ、「すみとも」への同行を求められた。原告西山は「すみとも」に居る被告に架電し、当日次男が入院するため、「すみとも」へ行くのは後日にしたい旨述べたところ、被告は、原告西山が直ちに事務所に来ないなら被告自ら原告宅に押しかけると述べたため、原告西山はただちに寺村の乗用車で名古屋市中区栄のローンズ「すみとも」の事務所へ赴いた。

(2)  被告は原告西山を「すみとも」の店舗の奥の部屋に案内し、同原告に対し貸金の返還を要求した。原告西山は、破産手続に沿つて債権の回収をしてほしい旨被告に述べたが、被告は納得せず、又、同所から電話で原告西山が破産管財人長屋容子に対し、被告に説明してくれるよう頼み、同管財人が被告に対して同旨の説明をしたが被告はこれも無視し、原告西山に対して執拗に同原告の兄から借入れて被告に返還せよと要求し、同日午後六時三〇分ころ、ローンズ「すみとも」の店舗を閉めるまで被告は右の要求を繰り返した。右の間、寺村及び「すみとも」従業員松田某が交替で常時原告西山の動静を室内で監視していた。

(3)  右時刻ころ、帰宅させてほしいと原告西山が懇請するにも拘らず、被告は松田某と共に、原告西山を「すみとも」から連れ出し、名古屋市北区大曽根所在の暴力団導友会北沢組事務所に乗用車で連れて行つた。右事務所においても、被告は原告西山に、兄から借金せよと執拗に繰り返し、同原告が、兄には従来多大の迷惑をかけているから借金することはできない旨を述べると、被告は、「坪一〇〇〇円の所に連れて行こうか。」「師崎の海の真中でほかつたるか。」「交通事故で死なせても刑は軽い。」「びわの木で頭をかち割つたろか。その傷から腐つていくぞ。」などと言つた。被告と原告西山との右のような問答は、同日午後一一時三〇分ころまで続き、帰宅させてほしい旨の同原告の懇請にも拘らず被告は同原告を帰宅させず、同夜、原告西山を北沢組事務所内に宿泊させた。原告西山は同日深夜、原告荒川に架電して、状況を簡単に説明した。

(4)  翌八月一二日午前九時三〇分ころ、被告は原告西山を北沢組事務所からローンズ「すみとも」の事務所に連れて行き、同日午後六時三〇分ころまで、寺村、松田に交互に見張りをさせて、原告西山が帰宅できないようにし、同日午後六時三〇分ころ再度前記北沢組事務所に同原告を連れて行つた。その後間もなく、原告荒川及び原告西山の兄西山秋義の要請により、北警察署係官が北沢組事務所に架電し、被告に対し、暴力を用いないよう警告した。右電話の後の同日午後一〇時すぎころ、被告は松田と共に原告西山を北沢組事務所から、名古屋市千種区若水の西山秋義宅へ連れて行き、西山秋義に対し、原告西山に代わつて貸金の弁済をするよう要求したが、秋義は右要求を拒絶した。西山秋義宅には、原告荒川及び原告らの長男が、原告西山の身を案じて来訪しており、被告と秋義との会話が終つたころ原告荒川が被告に対し、原告西山を帰宅させるよう懇願したが、被告はこれに応じることなく、西山秋義宅から原告西山を連れ出して乗用車に乗せ、その後原告西山を連れて名古屋市内の飲食店に立ち寄つて夜食をとり、翌八月一三日午前一時ころ名古屋市北区の被告の友人宅へ原告西山を連れて行き、被告と同原告は、その晩は同所に宿泊した。

(5)  八月一三日午前八時ころ、被告は原告西山を連れて被告の友人宅を出て、名古屋市北区守山付近の被告の知人宅へ立ち寄つたのち、ローンズ「すみとも」の近くにある喫茶店へ入つた。右喫茶店内には北沢組々長である北沢が来て居り、同人は喫茶店内で原告西山と少し言葉を交わしたのち、被告と共に原告西山を又ローンズ「すみとも」の事務所に連れて行き、右事務所内で原告西山に対し、「兄貴から借金して貸金の返済をせよ。」と要求した。同原告がもう借りるわけにはいかない旨述べると、北沢は、同原告の他の債権者である清水某の名を挙げたうえ、債権者らの間をあつちこつちピンポン玉のように引き回してやるという趣旨の発言をして帰つた。その後、同日午後一時半ころ、原告西山が次男の入院先に行きたい旨述べると、被告は寺村と共に同原告を乗用車に乗せて、名古屋市昭和区八事付近にある病院へ連れて行つた。同原告は、次男を見舞い、その際付き添つていた原告荒川の母に対し、被告らが原告宅へ立寄る可能性があるから、原告荒川及び子供三人を原告らの自宅に近付けないよう伝言を依頼した。同日午後三時ころ被告と寺村は原告西山を乗用車に乗せて右病院を出て原告らの自宅に同原告を連れて行つた。原告西山は、被告らが原告宅へ入ろうとするので、ここは原告荒川名義で借りているからと述べて侵入を阻止しようとしたが、被告らは結局原告ら宅へ入つてしまつた。

(二)  被告と寺村が右のように八月一三日午後三時三〇分ころ原告らの住居に入り込んでから、「すみとも」の従業員松田、鈴木も加わつて、同月二一日まで交代で被告らは右住居に居続けた。その間被告らは原告西山に対し、兄から借金せよ、働いて少しずつでも貸金の返済をせよと要求した。

原告荒川は八月一一日深夜原告西山から電話連絡を受けたのち、姉、義兄、弁護士、警察署などに原告西山の身柄の解放の方策を相談するなどしてきたが、八月一三日午後、次男の入院先に居る母親から原告西山の伝言を受けて、同日は一たん長男、長女と共に実家に避難したものの、原告西山の身を案じて同日午後一一時すぎころ長男と共に自宅に戻つたところ、被告や寺村らが自宅に泊り込んでいるのを見出した。そこで同原告は被告に対し、破産手続中であり法に従つて請求してほしいと述べ、三、四回にわたつて帰つてほしいと述べたが、被告は、一四〇〇万円を返さなければ帰れないと語気荒く回答し、同原告の懇願を聞き入れなかつた。

被告らが原告宅に居た期間、原告らは、夏季であつたが入浴もほとんど出来ず、心労のため食事も通常のように出来なかつた。又、原告荒川は、被告らが原告西山をいつ連れ出すか知れないという不安から、買物等の外出も思うように出来なかつた。

同月二一日、東警察署係官から、被告らと原告西山が呼出を受け、同警察署で事情聴取が行われた後、同警察署係官の勧告により、被告らは原告ら宅から退去した。しかし同日から同月末日まで、被告らは原告ら宅の入口付近であるマンションの廊下に簡易ベッドを持ち込んで、交代で原告らの見張りを継続した。

(三)  右のように廊下で見張りを継続中の八月二五日、原告両名が破産管財人の事務所へ行くため外出したところ、被告と松田が乗用車で原告らを尾行し、原告らが所用を終えてタクシーで帰宅して自宅マンション前の路上に下りたところ、被告と松田が尾行してきた乗用車から下りて来て原告らのもとに駆け寄り、被告が原告西山の右腕をつかまえ、「どうしてくれるんだ西山。」と言い、同原告が答えられないでいると同原告のズボンのベルトの後側をつかんで同原告を振り回し、同原告が付近にあつた高さ一メートル位の駐車場の鉄杭につかまつていると、被告は原告西山を乗用車に乗せて連行しようと引張り、松田に対し同原告を車に乗せるよう指示した。原告荒川は原告西山を助けるため駆け寄ろうとしたが、松田に後方から羽がいじめにされた。原告荒川はそれを振り切つて、通りの向い側にある警察官派出所に駆け込んで救助を求めたところ、警察官が来て被告らの行為を制止した。その後、被告らと原告らが右派出所において事情を聞かれた際、被告は原告西山に危害を加えたところで、三、四年の刑罰ですむ旨の発言をした。

(四)  被告らは八月三一日マンション所有者の通報を受けた警察官の警告により、マンションの廊下から退去した。しかしながら、右退去後は、マンション付近の、出入口を見通せる路上に乗用車、キャンピングカー等を常時駐車させ、被告らは原告らの見張りを継続し、これは、原告らが被告らを相手に申し立てた仮処分申請に対し、昭和五七年一〇月一六日仮処分命令が発せられてこれが被告に到達するまでの間継続した。

(五)  同年一〇月九日、北沢が原告ら宅を訪れ、原告両名に対し、「原告西山の兄西山裕司から借り入れをせよ。北沢には部下が二百数十名居り、西山裕司の営業するパチンコ店等の営業を妨害することもできるし、原告らが住所地を離れて韓国などへ逃げても逃げ切れない。」旨の発言をして帰つた。

(六)  その数日後、被告は原告ら住居のマンション入口付近で、帰宅した原告荒川に対し、同原告の妹に対しても借金の返済を要求するつもりだと発言した。

2  なお、被告の前記(一)、(二)、(三)、(四)、(六)記載の各行為が、被告と北沢との共謀によつてなされたか否かについて検討するに、被告が暴力団導友会北沢組の組員で北沢の輩下であること、被告が八月一一日、一二日の両日、ローンズ「すみとも」の店舗の閉店後北沢組事務所へ原告西山を連れて行つたこと、北沢が被告の原告西山に対する貸付金の資金の一部を被告に出捐しており、被告の原告西山に対する債権の回収について北沢に利害関係があること、北沢自身八月一三日及び一〇月九日の二度にわたり原告西山に直接貸金の返済を求める趣旨の発言をしていることは前記(一)の(5)、(五)記載のとおりであり、〈証拠〉によれば、北沢が原告西山所有の土地建物につき根抵当権者として登記されていることが認められ、これらの事実を総合すれば、北沢が被告に対し、原告西山が破産宣告を受けていることを知りつつ、なお、破産手続外で、債権の回収をはかるよう指示したことが窺える。しかしながら、被告の前掲各行為について北沢が個々に指示し或いは被告と共謀して被告に実行させたとまで認めるに足りる証拠はない。

三被告の行為の違法性

被告の前示各行為が、被告の原告西山に対する貸付金を取立てるためになされたものであることは明らかであるが、右各行為は、次の理由により正当な権利行使ということはできない。

第一に、被告の前示各行為が、破産宣告後、破産者である原告西山に対してなされたことである。言うまでもなく破産宣告後、破産債権者は破産債権の届出など法に定められた方法によつて債権を回収すべきであつて、破産者に対し直接請求したり、支払義務のない破産者の親族等に対し代位弁済の請求をすることは法の容認しないところである。

第二に、被告の請求の方法がきわめて執拗かつ長期にわたつていることである。被告は、昭和五七年八月一一日に原告西山が「すみとも」事務所へ行つて以来、同人を事務所内にとどめること足かけ三日間、原告ら宅へ居続けること足かけ九日間、マンションの廊下で見張ること足かけ一一日間、マンション前路上で見張ること足かけ一か月半、合計二か月余の長期間にわたつて請求を継続した。

第三に、請求に際し、監禁、脅迫の態様を呈している点である。被告は八月一一日から二一日までの期間は、被告自身及び寺村、松田、鈴木などの「すみとも」の従業員を使つて、常時原告西山の身体の傍らに居て、同原告の行動を監視して同原告の自由な行動を許さなかつた。特に八月一一日から一三日までは監禁に等しい拘束状態に置いた。又、被告及び北沢は暴力団員であり、被告が原告らに対してなした言辞は、通常人を畏怖させるのに十分なものであつた。

第四に、八月二五日に、マンション前路上で被告がなした行為は、原告らに対する暴力行為に外ならない。

第五に、〈証拠〉によれば、被告は昭和五五年ころから昭和五六年一一月ころまで、原告西山に貸金の金利として毎月六分ないし九分の金利を支払わせていたことが認められる。従つて、利息制限法の規定に基づき過払利息を元本に充当すれば、残元本は相当に減少しているはずであるのに、依然として原告西山に対し、金一四〇〇万円を返還するよう要求した。

以上の各点を総合すれば、被告の、前示各行為は正当な権利行使であると言うことは到底できず、違法な行為というべきである。

四原告らの損害

〈証拠〉によれば、原告らは被告の前示各行為により、住居の平穏が害され、入浴もできない不快さを強いられ、恐怖、心労などの精神的苦痛を味わつたこと、原告西山は持病の肝臓病が悪化したこと、原告荒川は、八月一一日から八月一三日までの間原告西山の身を案じて弁護士事務所や警察署、同原告の姉、原告西山の兄西山秋義を訪れたり架電するなど原告西山の身柄の解放に奔走し、八月一三日に原告西山が帰宅した後は、不自由な生活を強いられ、子供たちの抱く恐怖に心労するなどの苦痛を味わつたことが認められる。

これらの苦痛を慰謝するのに、原告西山については金一〇〇万円、原告荒川については金八〇万円が相当である。

五結論

以上によれば、原告らの本訴請求中、原告西山については金一〇〇万円、原告荒川については金八〇万円の限度で理由があるから認容し、その余の部分は棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条但書、八九条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官稲葉耶季)

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